地域密着型通所介護事業所
半日リハビリ特化型
わたらせリハデイサービス
介護保険事業所番号0990200511
お知らせ
「今までの人生で”つらかったこと”と”楽しかったこと”どちらが多かったですか??」
今までに、何人ものお客様に質問してみました。
そしてほとんどの方が
「”つらいこと”の方が多かった」と答えてくれました。
もうひとつ質問をしてみました
「いまは何か”楽しみ”はありますか?」
そして、ほとんどの方が「あんまりないね」と答えました。
つまり
【思い出すのはつらい出来事、未来の楽しみはそれほどない】
そんな毎日を過ごしている方が多くいるということ。
そのような方たちに”私ができること”はなんだろうか??
そんな思いを持ちながら理学療法士として6年間働いてきました。
昭和63年10月29日生まれ。
現在、栃木県足利市で妻と子供の3人で暮らしております。
1歳の娘はまだまだ可愛い盛りで、毎日溺愛しております。
申し遅れました。
はじめまして!わたくし、わたらせリハ株式会社の代表を勤めさせていただいております。
周藤俊輔(しゅうとうしゅんすけ)と申します。
この度はわたらせリハのホームページをご覧くださり本当にありがとうございます。
また、急に話が脱線してしまい、申し訳ありませんでした。
引き続き、私がわたらせリハを開設した想いをご覧いただけると幸いでございます。では、、、
日々デイサービスで働く中
多くのお客様の苦労や悩み、不安などを聞きながら
なんとか力になれる方法はないか?
と考えていた私にある出来事が訪れました。
令和1年10月に群馬県富岡市でNHKのど自慢が開催されたのです。
当時デイサービスに勤めていた私は、お客様たちのススメもあり、意気揚々とハガキを書いて応募しました。
予選会へ出れることとなり、お客様たちには「優勝してくるから、テレビ見といてくださいね!!」と大口を叩いて予選会へ挑みました。
半分冗談ダメで元々の気持ちで参加してみたのですが、、、
まさかの予選通過(850組の中から20組)
そして、、、
まさかの本番で優勝してしまったのです!!
本番は生放送ですから、予告はしたけれど
デイサービスのみんなは見てくれたかな~
なんて考えながら、翌日出勤したら、、
もうほとんどの方が
当日にテレビを見てくれていたらしく
「周藤さんおめでとー」「かっこよかったよ」
「今日会えるのをすごく楽しみにしてたの」
「テレビの前でキャーキャー言っちゃった」
なんて沢山の嬉しい言葉を私にくれました。
ここでさらに驚いたことがもうひとつ!!
なんと、
私がテレビに出た翌週のデイサービスでは
丸ごと1週間だれひとりとして休まずにお客様が全員来てくださったのです!!
97歳のおばあちゃんなんて、前日に体調が悪くて寝込んでたのに、「周藤さんにおめでとうって言いたいから絶対に行く」と言って来てくださったりました。
これはデイサービス運営を知っている方であればとても凄いことと理解して頂けるはずです。
お客様は皆さま高齢者です。
体調不良や通院などで必ず週に何人かはお休みになります。
だけど、この時はだれひとりも休まずに来てくださったのです。
この経験で私が学んだことが2つあります。
それは、、、
「未来への楽しみがその人の心と身体を動かす」
そして
「誰かの楽しみが自分の楽しみとなる」
ということです。
当時のデイサービスのお客様は
私がテレビに出て活躍をしたり、デイサービスで歌ったり喋ったりすることを"自分の楽しみ"としてくれていたんだと、感じました。
過去につらかったことがあっても
今現在の自分に楽しみがなくても
誰かと関わることで未来の楽しみができて
心と身体が元気になっていくことができるならば
私にとってそれほど嬉しいことはありません。
そしてそんな場所を作りたいという思いから
わたらせリハデイサービスを開設しました。
これから関わって下さる方々の”未来の楽しみ”のひとつになれれば幸いです。
わたらせリハ株式会社
代表取締役 周藤 俊輔
~経歴~
私立桐生第一高等学校を卒業し、石川県にある温泉旅館 加賀屋で調理師として働く
勤務数ヶ月後に魚アレルギーを発症し、退職。19歳で調理師の夢を諦める
地元である栃木県足利市へ帰郷し、工場や結婚式場、スポーツクラブなど、様々なアルバイトを経験する
理学療法士を志し23歳で群馬県太田市にある太田医療技術専門学校へ入学
卒業後、27歳の時にみどり市にある恵愛堂病院リハビリテーション課に勤務。
その後転職。介護老人保健施設や通所介護施設、訪問看護ステーションなどの勤務を経て33歳でわたらせリハ株式会社を設立
令和4年6月にリハビリ特化型の半日デイサービス わたらせリハデイサービスを開設。
平成30年6月には足利市葉鹿町で腰痛専門整体院 腸寿家整体院を開院し、現在も経営している。